Caerula

徒然に、気の向くまま

珍しい苗字と珍しい名前、いろいろあります

フィギュアスケートNHK杯を見ながらだらだらと過ごす11月最終週末が好きだ。毎年気が付くと同じ時間の過ごし方をしているけれども、1年に一度、盆暮正月といった定例行事以外にこんな日があってもいい。 

テレビを見ながら、どこにコーヒーを飲みに行こうかと悩んでいたとき、こんな記事に出会った。

(追記)投稿後にこんな記事にも遭遇

あれ、私のことじゃない!となんか妙に嬉しくなったので、勝手に便乗。(「マイお題」にあったら絶対に書くのに!)

 

改めて、どれくらい珍しいのか「全国ランキング」

誰しも自分のフルネームをネット検索したことがあるだろう。私の場合、同姓はいない。印鑑は全国85%の苗字を網羅していると豪語するタワーラックにはない。

改めて調べたところ、同じ苗字は全国に約250人、その順位は約18,000番らしい。
東北に多い名前とは聞いたことがあるが、我が家には東北との縁がない。亡くなった祖父曰く、先祖は鎌倉時代に移住してきたのだという…絶対に嘘だ。

 

読み方は普通。でも...

そんな私の苗字は簡単に読める。小学1年生で習う漢字2文字、それ以外に読みようもない。困るのは口頭で伝えた名前を漢字変換する場合だ。

カタカナやひらがなで相手が管理してくれているときはいい。漢字を尋ねてくれればそれも簡単に教えられる。しかし相手が推測で変換してくる漢字が多岐にわたり「うち宛ての手紙?」と悩んだことは数知れず。最低でも5通りはある。

また、少し違う事象だが百貨店に商品の取置依頼した時のこと。苗字の最後が聞き取れなかったらしく、受け取りに行くと「●●●様(私の苗字は4音)ですね」と言われた。これが運の悪いことに当時世間を騒がせていた芸能人と同名に。周囲は振り返るし、読み上げた店員は「ごめんなさい、でもだって可笑しくって...」と目の前で口を押えて爆笑。あれから10年以上経つが、その百貨店から足は遠のいたままだ。
...ごめんなさいね、器ちっちゃいんです、私。

 

苗字だけなら笑い話にできた、たぶん...

そう、私の場合、苗字が珍しいうえに名前も珍しい。世にいう、キラキラネームではないが、ひらがなだけで構成された名前は誤記・誤植に見えるよう。初めての人は必ず語尾にクエッションがつく。文化祭で「芸名ですか」と言われたことも。

この手のエピソードは尽きることがなく、就職活動のとき、唯一履歴書を手書きで提出した渋谷にある某公共放送から届いた「1次選考のご案内」の名前が間違えられていたことも。

人間の修正能力は高いから、頭の中で勝手に変換されているのだろうなぁと。何千人の応募者がいれば、きっと入力する中で間違えることもあるだろうなと、今は思える...今はね。うん、器ちっちゃい、私!

 

となると、当然起きる「合わせ技一本」そして...

もう、ここまで来たら次の展開は推して知るべし。前述とは異なる百貨店から、苗字も名前も異なるDMが届いたのだ。ついに完全な別人になることに成功してしまったのだ!でも、その間違えはまだかわいい。文字の見た目が酷似しており間違えたもの、「萩」と「荻」程度のものだ。でも、事件は現場で起きている。

 

その事件とは5歳のピアノの発表会。「フルネーム」を間違えられたのだ、その数4回!
「名前を呼ばれたら立ってお返事をしましょう」と先生から言われていた。苗字は4回すべて違う呼び方で呼ばれ、下の名前も3つの違う名前で呼ばれた。最初は自分の名前だと思わなかった。でも、自分が呼ばれる順番だったから2回目に自分のことかもしれないと思った。先生が慌てて、司会の人に正しい名前を伝えてくれたのに、それすらも間違えられ。あきらめた先生は私に舞台袖から「返事して」とジェスチャーしていたけれども、結局私はしなかった。
ここまでくると出来の悪いお笑いのネタだ。

 

英語表記でまさかの展開 

この数年は、海外において性別判定不能という事態にも直面している。
ホテルやレストランにメールを出すと、Ms.を選択しているのに十中八九Mrで返ってくるのだ。確かに、英語表記したときの字面は男性のように見える。
だからこそ署名は「名前(Ms.)」としているのだが、お構いなしにMrで返事が来る。返信がMs.となっているだけで「ここは素晴らしいに違いない!」と確信してしまうほどだ。

 

余談になるが、ルールが多くはない私の業界で徹底的に叩き込まれる唯一絶対のものがある。それは、"Attention to Detail"、少々意訳になるが「神は細部に宿る」が近いだろうか。そう、細部に宿るのだ。だからMs.に気が付いてくれる先はほぼ例外なく「大当たり」のケースが多い。

英語表記が男性らしいおかげ(?)で、問い合わせをすれば星の数や評価サイトの口コミといったものとは異なるバロメーターでサービスレベルが一定程度見えてしまう。料理が舌に合わないことはあっても、サービス等で嫌な思いをしたことはない。

これ、実は結構「ステキ」なことかもしれない。(と、書きながら思った。)

 

良くも悪くも

私は珍しい苗字と珍しい名前の持ち主だ。初対面の際、ほぼ全員からフルネームを聞き返される。そのかわり、1回しかお目にかかったことのない方の多くがフルネームで覚えていてくれる。

そして、苗字は7割、名前では9割以上の方が由来について質問してくださる。名前の由来はインパクトがあるようで、私の名前の由来を言えるという人が異様に多い。以前、クライアントの新担当者がそれを知っていたときには驚き通り越してちょっと怖かったけど。

時にそんなびっくりぽんなこともあるが、コミュニケーションのきっかけとしてはこれ以上ない材料だ。

 

子供のころは変なあだ名をつけられたり、名前が理由でからかわれた経験もありこの名前が大嫌いだった。発表会事件のようなこともあったし、「普通」が羨ましかった。
名前を受け入れられるようになるまでには時間がかかった。ただ現在は、おそらく世界にひとつしかないであろう自分の名前が好き。むしろ、現在の名前が変わったら、アイデンティティの喪失をおぼえるかもしれない。それくらいの思入れがある。

 

最後に

私の名前はキラキラネームではないけれど。
読めない名前や読みにくい名前。名前を背負う子供にとっては幸せではない時間を招く可能性がある。家族の愛や思いがどれだけ込められていたとしても、そう思えないことが多々あった。
そう思う瞬間は決まって、外部から何かを言われたとき。
大人からしたら「そんなつまらないことを」と思うだろう。だが、親がどれだけ名前に対する思いを語ったところで、狭い社会で生きている子供にとっては「大したこと」なのだ。
幼い時ほど傷つくし「普通の名前がよかった」と本気で思う。大好きな親がつけてくれた名前なのに、それが大嫌いなんて不幸以外なんだというのだろう。

 

ただ、私の場合「変わった名前」だが、「変な名前」でもなければ「読めない名前」でもなかった。だから、年齢を重ねる段階で自分の名前を受け入れられた。今では好きと言えるし、アイデンティティを形成するものだと言えるまでになった。これが「変わって」いる上に、「変」で「読めない」ときたら、どれだけ子供が傷つくか、どうか名前を付ける立場になる人たちは考えてあげてほしい。

 

名前は英語でFirst Name、そしてGiven Nameー
子の幸せを願い、万感の思いを込めた親から与えられた名前が子供を不幸にすることがあってはならない。

...こんなまじめに書くつもりじゃなかったのに。
これにて「苗字と名前の話」、おしまい。